石原裕次郎二十三回忌特別企画 映画 「富士山頂」
石原裕次郎二十三回忌特別企画として、1970年製作の映画「富士山頂」がTV朝日で放送された。国立競技場で行われ、11万人超が参列したという法要の前日(2009年7月4日・土)午後9時から11時11分までの放送だった。
ロケフリから録画をしていたのだが、なかなか観る時間がなく、1週間経った今日(土曜日の午後)やっと観る事ができた。折しも、香港は台風予測(T3)が出ており、外出するのもおっくうになってて、この映画を観るには「ちょうど良かった」わけである。
なぜなら、「富士山頂」という映画は、台風観測のため巨大レーダーを富士山頂に建設する様子を描いたものだったからだ。
石原プロが、「黒部の太陽」「栄光への5000キロ」に続いて製作した「富士山頂」。石原裕次郎の「映画は映画館で」という理念のもと、これまでビデオ化、DVD化はされておらずなかなか観る機会がなかったので、今回の放送はありがたかった。
昭和38年、気象庁の葛木課長(芦田伸介)は台風の被害を少しでも減らすべく、富士山レーダー取り付けに情熱を燃やしていた。大蔵省からやっと予算がおり、入札制により工事にとりかかることになった。期間は2年、富士山の気象を考えると夏場の40日間しか工事できない。そんな悪条件の中、権利を得た三菱電機の梅原(石原裕次郎)と大成建設の伊石(山崎努)による工事が始まった。機材は3合目まではトラック、7〜8合目までは荷馬車で、その後山頂までは人夫が運ぶ。途中から荷馬車隊の朝吉親分(勝新太郎)らは、馬の代わりにブルドーザーで運行したが、悪天候と高山病でのワーカーの下山などで工程は大幅に遅れた。2年目は速度の上がったブルの投入、朝日ヘリコプターの気骨のあるパイロット加田(渡哲也)らの働きで、ついに600キロのレーダードーム枠組みを基礎台に取り付けることが出来たのだった。
日本の高度経済成長期に大きな仕事を成し遂げた男たちのドラマ。原作は山岳ものが多い新田次郎。彼自身もこの工事に携わったという。この富士山頂のレーダーは気象衛星ひまわりが出来るまで、日本の台風情報に大きな役割を残した。それまでは5時間前だった予報が、20時間前にできるようになったという。これにより台風被害も少なくなったわけである。
映画としての「富士山頂」だが、裕次郎がこだわった富士山での実際のロケなど、工事同様過酷な状況での撮影だったようである。山頂からの景色など映画館の大画面で観たらとてもいいだろうな、と想像できるものだ。面白く観れたのだが、映画自体はちょっと大味で、ドラマチックな感動も少なかったかな。
「黒部の太陽」も巨大黒部ダムの建設工事を描いたもの。「栄光への5000キロ」は、サファリ・ラリーだった。どれも大自然と戦う人間たちを描いている。「黒部〜」は関西電力や大手ゼネコン、「栄光〜」は日産自動車の人間を主人公に選んでいる。製作費の工面のためと想像するが(今回の放送も三菱電機がスポンサーだ)、映画を撮りたかった石原裕次郎が演じたのは経済成長期の日本の企業戦士たちだった。どれもNHKでやってた「プロジェクトX」みたいなのだ。
ぼくは「栄光への5000キロ」は映画館で観た。なぜ観に行ったかは覚えてないが、観たのは覚えている(なんか日本語変?)。大自然の中を疾走する裕次郎の車のタイヤが泥にはまり動けなくなり、恋人の浅丘ルリ子が編んでくれた青いセーターをかまして出すとこなんかを覚えてる。なんせ小学校の時だかんね。もう一回観てみたい映画ですな。(「黒部〜」「栄光〜」もビデオ化されてないからね)
石原裕次郎が映画への情熱を持ったのも、日活時代数々の映画に出演していたからだろう。このたび、二十三回忌を記念して、その日活からドエライDVDが出た。
「石原裕次郎 ゴールデン・トレジャー 〜日活映画大全〜」というのがソレ。デビュー作「太陽の季節」('56)から「男の世界」('71)まで、なんと90作品がセットになっているのだ。懐かしの”丸の内日活”をモチーフにデザインされた豪華ボックスに、日活裕次郎映画を網羅した特製ブックなどの豪華特典付き。ファンには嬉しい、これは歴史的なセットであろう。
http://www.nikkatsu.com/package/golden/
「富士山頂」 (1970)
監督: 村野鐵太郎
(Original) 126 mins
11-Jul-09-Sat
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